
はじめに:年金の繰り上げ受給、「後悔」の声が多いのはなぜ?
「60歳から年金をもらって、少しでも早く楽になりたい」と考える方は少なくありません。老後の生活を目前にして、現在の収入の減少や健康への不安から、早期に現金収入を確保したいと願うのは自然なことです。しかし、その一方で「年金を繰り上げて後悔した」という声も多く聞かれます。なぜなら、年金の繰り上げ受給は、一度手続きをすると生涯にわたって影響が続く、後戻りのできない重要な選択だからです。
この記事では、なぜ繰り上げ受給で後悔する人がいるのか、その具体的なデメリットを5つのポイントに絞って解説します。さらに、体験談ブログなどから見える共通点や、逆に繰り上げ受給が向いている人の特徴、損益分岐点の考え方までを網羅。あなたが将来後悔しないための最適な選択ができるよう、分かりやすくガイドします。
年金の繰り上げ受給とは?制度の基本をわかりやすく解説
年金の繰り上げ受給を検討する前に、まずは制度の基本を正しく理解しておくことが重要です。繰り上げ受給とは、本来65歳から受け取る老齢年金を、本人の希望によって60歳から64歳までの間に前倒しで受け取れる制度です。早く受け取れるメリットがある一方、ペナルティとして年金額が減額されるというデメリットがあります。この選択は、老後の生活設計に大きな影響を与えるため、慎重な判断が求められます。
繰り上げ受給の仕組みと減額率
年金の繰り上げ受給を請求すると、請求した時点の年齢に応じて年金額が減額されます。この減額率は、一度決まると生涯変わることはありません。減額率は、昭和37年4月2日以降生まれの方の場合、「0.4% × 繰り上げた月数」で計算されます。例えば、最も早い60歳0ヶ月から受給を開始すると、60ヶ月繰り上げることになるため、減額率は最大で24%(0.4% × 60ヶ月)となります。この減額率が生涯続くという点が、後悔につながる最大のポイントです。
60歳から受給すると年金額はどれくらい減る?【計算例】
具体的にどれくらい減額されるのか、計算例を見てみましょう。例えば、65歳から本来年間80万円の老齢基礎年金を受け取れる人が、60歳0ヶ月から繰り上げ受給を選択したとします。
- 減額率:0.4% × 60ヶ月 = 24%
- 減額される金額:80万円 × 24% = 19.2万円
- 60歳から受け取る年金額:80万円 - 19.2万円 = 年間60.8万円
このように、年間で約19万円、月額にすると約1.6万円も受給額が少なくなります。この差が一生涯続くことを考えると、非常に大きな金額差になることがわかります。
メリットは「早くもらえる」だけじゃない?
繰り上げ受給の最大のメリットは、言うまでもなく「予定より早く年金を受け取れる」ことです。これにより、定年退職後の収入がない期間の生活費を補ったり、趣味や旅行などにお金を使ったりすることが可能になります。また、自分が払ってきた年金保険料を早く回収できるという安心感を得られる点も、人によってはメリットと感じられるでしょう。特に健康に不安がある方にとっては、元気なうちにお金を受け取れるという精神的な安定にもつながる可能性があります。
年金の繰り上げ受給で後悔する5つの大きなデメリット【体験ブログから考察】
インターネット上の体験談ブログなどを見ると、繰り上げ受給を選んだ方の「後悔」の声が数多く見つかります。そこから見えてくるのは、事前に想定していなかった事態に直面し、経済的に苦しくなってしまうケースです。ここでは、特に後悔につながりやすい5つのデメリットを具体的に解説します。ご自身の状況と照らし合わせながら、慎重にご確認ください。
デメリット1:一生涯、減額された年金を受け取り続ける
これが最も大きなデメリットであり、多くの人が後悔する理由です。繰り上げ受給で一度減額された年金額は、65歳になっても元の金額には戻らず、生涯にわたって減額され続けます。「65歳までのつなぎのつもりだった」と軽く考えていると、長生きすればするほど本来もらえたはずの年金総額との差が開き、結果的に損をしてしまいます。特に物価上昇や予期せぬ出費があった場合、減額された年金額では生活が立ち行かなくなるリスクがあります。
デメリット2:病気やケガをしても障害基礎年金がもらえない可能性がある
見落としがちですが、非常に重要な注意点です。老齢年金を繰り上げ受給すると、原則として後から障害基礎年金や障害厚生年金を請求できなくなります。障害年金は、病気やケガで生活や仕事が制限されるようになった場合に支給される公的な支援ですが、繰り上げ受給を選択した後に障害の状態になっても、この制度を利用できない可能性があるのです。60代は病気やケガのリスクが高まる年代。万が一の際のセーフティネットを自ら手放すことになる点は、大きなデメリットと言えます。
デメリット3:配偶者がいる場合、加給年金や振替加算に影響が出る
配偶者がいる方は特に注意が必要です。「年下の妻」がいる場合に支給されることがある加給年金(年金の配偶者手当のようなもの)は、夫が老齢厚生年金を受け始めると支給されます。しかし、夫が年金を繰り上げ受給している間は、加給年金は支給停止となります。また、妻自身が老齢基礎年金を繰り上げ受給すると、夫の加給年金の対象から外れてしまい、結果的に振替加算も受け取れなくなるなど、世帯全体での収入が大きく減ってしまう可能性があります。
デメリット4:寡婦年金や国民年金の任意加入ができなくなる
寡婦年金は、国民年金の保険料を納めた夫が亡くなった際に、一定の条件を満たす妻が60歳から65歳になるまで受け取れる年金です。しかし、妻自身が老齢基礎年金を繰り上げ受給してしまうと、この寡婦年金を受け取る権利がなくなります。また、年金の満額受給に必要な40年の加入期間に満たない人が、60歳以降に任意で国民年金に加入して年金額を増やす「任意加入制度」も、繰り上げ受給をすると利用できなくなります。将来の年金額を増やす選択肢を失うことになるのです。
デメリット5:税金・社会保険料の負担が想定より増えることがある
年金は雑所得として課税対象となり、所得が増えれば所得税や住民税の負担も増えます。また、国民健康保険料や介護保険料も所得に応じて金額が決まります。繰り上げ受給によって年金収入を得ることで、これまで配偶者の扶養に入っていた人が扶養から外れてしまったり、税金や社会保険料の負担が新たに発生・増加したりするケースがあります。結果として、年金を受け取っても手取り額が思ったほど増えず、生活が楽にならないという「想定外」の事態に陥ることがあります。
【図解】何歳まで生きれば損しない?繰り上げ受給の損益分岐点
繰り上げ受給を検討する際に、多くの方が気にするのが「損益分岐点」です。これは、65歳から受給を開始した場合の年金総額に、繰り上げ受給の総額が追いつかれる年齢のことを指します。この年齢より長生きすると、結果的に65歳から受給した方が総額は多くなり「損」をしたことになります。ここでは、その考え方と注意点を解説します。
繰り上げ受給の損益分岐点は「約81歳」
60歳から24%減額で受給した場合と、65歳から満額で受給した場合の損益分岐点を計算すると、一般的に80歳11ヶ月あたりになります。つまり、81歳以上長生きする自信があるなら、65歳から受給した方が生涯に受け取る年金の総額は多くなる、という計算です。これはあくまで計算上の話であり、個人の年金額によって多少前後しますが、一つの判断材料として知っておくと良いでしょう。
※これは減額率が0.5%だった時代の計算で、現在の0.4%ルールでは損益分岐点はもう少し後ろにずれますが、一般論として約81歳が目安とされています。
損益分岐点だけで判断してはいけない理由
損益分岐点はあくまで単純計算上の目安であり、この数字だけで判断するのは危険です。理由は大きく2つあります。
平均寿命と健康寿命の違い
日本人の平均寿命は延びていますが、健康上の問題なく自立した生活を送れる期間を示す「健康寿命」との間には約10年の差があります。損益分岐点を超える年齢まで生きるとしても、その期間に医療費や介護費がどれだけかかるかは予測できません。年金額の総額だけでなく、元気なうちにお金を使える価値も考慮する必要があります。
将来の医療費や介護費用の考慮
高齢になると、医療費や介護サービスの自己負担が増える可能性が高まります。損益分岐点を超えて長生きした場合、増えた年金収入がそのまま医療費や介護保険料の負担増に消えてしまうことも考えられます。手元に残る金額(手取り)で考えないと、後悔につながる可能性があります。
デメリットだけじゃない!年金繰り上げ受給が向いている人の3つの特徴
これまでデメリットを中心に解説してきましたが、もちろん繰り上げ受給が最適な選択となる方もいます。「繰り上げてよかった」と感じるためには、どのような条件があるのでしょうか。ここでは、繰り上げ受給が向いていると考えられる人の3つの特徴を挙げます。ご自身の状況が当てはまるか、確認してみましょう。
特徴1:健康状態に不安があり、長生きする自信がない人
残念ながら、誰もが平均寿命まで健康でいられるわけではありません。ご自身の健康状態やご家族の既往歴などを考慮し、長生きすることに現実的な不安を感じている場合、繰り上げ受給は有効な選択肢となり得ます。年金の損益分岐点を気にするよりも、元気なうちになるべく多くの年金を受け取り、生活を楽しむという考え方です。ただし、その場合でも障害年金が受給できなくなるリスクは十分に理解しておく必要があります。
特徴2:繰り上げないと当面の生活費が不足してしまう人
退職金が思ったより少なかった、再就職先が見つからないなど、60歳から65歳までの収入が途絶え、貯蓄だけでは生活が成り立たないという切実な状況の方もいるでしょう。他に頼れる収入源がなく、日々の生活を維持するためにどうしても現金が必要な場合は、繰り上げ受給が生活を支える命綱になります。ただし、これはあくまで最終手段と考え、まずは他の公的支援や働き方がないか検討することが重要です。
特徴3:十分な貯蓄や他の収入があり、年金額の減額が気にならない人
これは少し意外に思われるかもしれませんが、すでに十分な金融資産がある方や、不動産収入・個人年金保険など、公的年金以外の安定した収入源を確保している方にも繰り上げ受給は向いています。年金の減額分を他の資産で十分にカバーできるため、生活への影響を心配することなく、早期に受け取った年金を趣味や旅行、孫へのプレゼントなどに自由に使うことができます。経済的な余裕が、選択の自由を生む典型的な例です。
【夫婦のパターン別】妻の繰り上げは要注意!加給年金への影響は?
年金の選択は個人のものですが、配偶者がいる場合は世帯全体で考える必要があります。特に、妻(または夫)の繰り上げ受給が、もう一方の年金、特に加給年金に与える影響は非常に大きく、後悔につながりやすいポイントです。ここでは夫婦のパターン別に注意点を解説します。
夫が繰り上げた場合の妻(配偶者)の年金への影響
夫が自身の老齢厚生年金・老齢基礎年金を繰り上げても、妻自身の年金額に直接的な影響はありません。妻は妻の年金を、本来のルール通りに受け取ることができます。ただし、先述の通り、夫が繰り上げ受給をしている間は、夫に支給されるはずの加給年金が全額支給停止となります。世帯収入で見たときに、大きなマイナスになる可能性があることを忘れてはいけません。
妻(配偶者)が繰り上げた場合の加給年金への影響
こちらがより注意の必要なパターンです。年下の妻がいて、夫が65歳になり加給年金の対象となった場合でも、妻自身が老齢基礎年金を繰り上げ受給すると、その時点で夫の加給年金は支給停止となります。妻が少しでも早く年金をもらおうとした結果、世帯としては年間約40万円(令和6年度額)の収入を失うことになりかねません。これは非常に大きなデメリットなので、妻が繰り上げを検討する際は必ず夫婦で話し合う必要があります。
共働き夫婦がそれぞれ繰り上げを検討する場合の注意点
夫婦ともに厚生年金に加入してきた共働き世帯の場合、それぞれが自身の判断で繰り上げ・繰り下げを選択できます。この場合、加給年金の対象となるケースは少ないですが、世帯としてのキャッシュフローを考えることが重要です。例えば、一方が繰り上げて当面の生活費を確保し、もう一方は繰り下げて将来の年金額を増やす、といった戦略も考えられます。お互いの健康状態や働き方の見通しを共有し、世帯全体の生涯受給額が最大化できるような組み合わせを検討することが大切です。
それでも判断に迷う…後悔しないために確認すべき3つのこと
ここまで様々な情報をお伝えしてきましたが、それでも「自分にとっての正解がわからない」と迷う方も多いでしょう。最終的な判断を下す前に、ご自身の状況を客観的に整理するために、以下の3つのことを確認してみてください。この一手間が、将来の「後悔」を防ぐことにつながります。
確認事項1:自分の健康状態と家族の長寿傾向を把握する
まずはご自身の健康診断の結果や持病の有無を再確認しましょう。その上で、ご両親や祖父母が何歳くらいまで元気だったか、といった家族の傾向も参考にしてみましょう。これはあくまで一つの傾向ですが、自分が長生きする可能性を考える上での材料になります。感情的に「自信がない」と考えるだけでなく、客観的なデータから自身の健康寿命を予測してみることが、冷静な判断を助けます。
確認事項2:60歳以降の働き方と収入の計画を立てる
「60歳で完全に引退するのか」「パートタイムで働きながら年金をもらうのか」によって、必要な資金額は大きく変わります。高年齢雇用継続給付金などの制度も活用しながら、60歳以降にどれくらいの収入を確保できそうか、具体的な計画を立ててみましょう。年金に頼らなくても生活できる収入が見込めるなら、焦って繰り上げる必要はなくなります。働きながら年金を受け取る場合は、在職老齢年金の制度で支給が調整される可能性も考慮に入れる必要があります。
確認事項3:一度、年金の専門家(FPなど)に相談してみる
自分一人や夫婦だけで悩んでいると、どうしても視野が狭くなりがちです。そんな時は、お金の専門家であるファイナンシャルプランナー(FP)や社会保険労務士に相談するのも一つの手です。専門家は、客観的な視点であなたの家計状況やライフプランを分析し、最適な年金の受け取り方をアドバイスしてくれます。相談には費用がかかる場合もありますが、生涯にわたる数百万円の差が生まれる可能性を考えれば、決して高い投資ではないでしょう。
まとめ:年金の繰り上げ受給はあなたのライフプラン次第!後悔のない選択を

年金の繰り上げ受給は、早く年金がもらえるという魅力的なメリットがある一方で、生涯続く減額や各種制度上の制約といった、後悔につながりかねない多くのデメリットを抱えています。損益分岐点という一つの目安はありますが、それだけで判断するのは非常に危険です。
最も重要なのは、ご自身の健康状態、貯蓄額、60歳以降の働き方、そして配偶者の状況といった「ライフプラン全体」で判断することです。この記事で解説したデメリットや向いている人の特徴を参考に、ご自身の状況を一つひとつ確認し、ご家族ともよく話し合ってみてください。そうすることで、きっとあなたにとって「後悔のない最適な選択」が見つかるはずです。
年金の繰り上げ受給に関するよくある質問
Q. 結局、年金は60歳と65歳どちらから受け取るのが得ですか?
A. 一概にどちらが得とは言えません。長生きすればするほど65歳から受け取る方が総額は多くなりますが(損益分岐点は約81歳)、健康状態や生活状況によっては60歳から受け取る方が精神的・経済的にメリットが大きい場合もあります。ご自身のライフプラン全体で判断することが重要です。
Q. 繰り上げ受給すると年金はどれくらい減額されますか?
A. 1ヶ月繰り上げるごとに0.4%ずつ減額されます(昭和37年4月2日以降生まれの場合)。最も早い60歳0ヶ月から受給を開始すると、0.4% × 60ヶ月 = 24%の減額となり、この減額率が生涯続きます。
Q. 繰り上げ受給の損益分岐点は何歳ですか?
A. 60歳から受給を開始した場合、65歳から受給するケースとの損益分岐点は、一般的に「80歳11ヶ月」と言われています。これより長生きすると、65歳から受給した方が生涯の受給総額は多くなります。
Q. 年金を繰り上げて良かった点は何ですか?
A. 「定年後の収入がない期間の生活費に充てられた」「元気なうちに旅行や趣味を楽しめた」「精神的に安心できた」といった声が多く聞かれます。特に、健康に不安があったり、他に収入源がなかったりする方にとっては、大きなメリットになります。
Q. 繰り上げ受給すると遺族年金はどうなりますか?
A. 繰り上げ受給をしても、遺族年金を受け取る権利はなくなりません。ただし、65歳以降は自身の老齢年金か遺族年金のどちらかを選択(併給調整あり)することになります。また、先述の通り「寡婦年金」は受け取れなくなるので注意が必要です。
Q. 妻が年金を繰り上げ受給すると、加給年金などに影響はありますか?
A. はい、大きな影響があります。妻が自身の老齢基礎年金を繰り上げ受給すると、夫に支給されている(または将来支給される予定の)加給年金は支給停止となります。世帯収入が大きく減る可能性があるため、夫婦での慎重な検討が必要です。
Q. 実際に年金を繰り上げ受給している人はどれくらいいますか?
A. 厚生労働省のデータによると、新規で年金を受け取り始める人のうち、繰り上げ受給を選択する人は全体の1割強程度です。繰り下げ受給を選ぶ人の方が少ないですが、大多数の人は原則通り65歳から受給を開始しています。
Q. 繰り上げ請求の最も重要な注意点は何ですか?
A. 「一度手続きをすると、いかなる理由があっても取り消しや変更ができない」という点です。そして、その「減額率が生涯続く」ことを十分に理解することです。この2点を覚悟の上で、慎重に判断してください。